よろづ話


LIGHTHOUSE


ライトハウスとして思い出に残っている事柄を羅列して行くページです。
年代はあやふやですが思いだした時に思い出したことを、自己中心的に綴って行きたいと思っています。
客観的に考えてみるとそうじゃないのではないかと思われることも有るかもしれませんが、あくまで主観的に表現して行
くつもりです。



 
よろづ話 No.1  "ライトハウス登場"  かまはらやすじ・2000.2.29
ライトハウスは昭和58年に開業しました。
ビデオ制作を中心に音響関係、PAシステムやレコーディングエンジニア等、エンターテイメントな分野で業務をして参りました。
と言うとカッコイイみたいですが、まあ簡単に言うと、ビデオの制作ものはとぉ――きどきで、ほとんどは結婚式の撮影いわゆる結婚式のビデオ屋さん、それに、音響関係は小さなコンサートやイベント等の音響設備、オペレーター等の裏方さんです。
ビデオ撮影の時もPAの時も同じですが、機材を車に積み込んで現場へホイホイとやってきて、機材を仕込んで、本番が終わって、機材を撤収してまたホイホイと帰る。これの繰り返しです。





よろづ話 No.2 "冠婚葬祭" かまはらやすじ・2000.2.29
結婚式や葬儀の撮影ではあっちこっちの現場に行きます。
ライトハウスは特別にここだという決まった会場を持たないフリーな存在、いわゆる業界のプー太郎なのです。お客さんの依頼によって動くため、幸か不幸(?)かいろいろな会場へ行く機会が多く毎回違った現場と遭遇したりします。
総合結婚式場・神社・仏閣・教会・料亭・公民館・葬祭場・自宅葬(ご自宅)など時と場合を選びません。





よろづ話 No.3 "出発" かまはらやすじ・2000.3.3
総合結婚式場の場合、たいていは挙式の撮影から始まることが多いのです。
挙式の1時間〜2時間前位に会場に着くように出発します。途中車の中で「うぉりゃ!うっしゃあああ!」とか叫び、自分に気合いを入れながら、時には大声で歌いながら行きます。その結果、到着後にすでに声がかれてしまって、会場の係りの人への挨拶が「うお、うおひゃようぎょじゃりなしゅ!げほげほ!」となり「風邪には気おつけたほうがいいよ!」と言われたこともありました。





よろづ話 No.4 "駐車場" かまはらやすじ・2000.3.7
以前に比べて最近の方が駐車場に関してはよく考えるようにまりました。
時々おじゃまする結婚式場でも時間帯によってはすんなりと駐車できないことがよくあります。ましてや初めて行く会場になると考えたら汗が出ます。
プー太郎であるライトハウスの場合、ほとんどがお客さんからの直接の依頼であるために、会場へは“持ち込み”業界では“乗り込み”と言う形になります。お客さんとの打ち合わせの際に駐車場についてのお願いもします。
「いつきても車は止められますよ」という所から予約が必要なところ、なかには客用駐車場の数が充分でないので、業者はどこかに自力で駐車場を探して自力で止めてこなければならないというところもあります。その場合は時間帯によっては近所の駐車場が全滅状態であることがまれにあります。その結果、夕方からの撮影にもかかわらず朝早くから出かけて早い時間に駐車して撮影時間までぼーっ!と時間つぶし。これは効きます。
あれは平成8年の1月の結構さぶ―――い日だったと思います。お客さんとの打ち合わせで会場の駐車場を一台分予約して貰ってました。車はルーフキャリー付きで高さは2.3m。駐車場に到着、駐車場管理のおいちゃんが一言「入らんよ!」立体駐車場でした。それから、ばたばたその付近の駐車場を探すけど、立体や屋根付きで高さ制限2mと言うところが多く、やっと見つけた青空駐車場、時間と戦いながら仕事をする前にはすでに風呂上がり状態、おまけに撤収後外は雨でした。 さぶいよ―――――――――――――――――――!!





よろづ話 No.5  "駐車場その2"  かまはらやすじ・2000.3.14
とある総合結婚式場の地下駐車場、枠の中に車を頭から付けて機材を出そうと思い運転席から降りて後部ドアへ向かいました。
後部ドアからの機材のみ出しが多いのでそうするのですが、駐車場管理のおじさんがトコトコやってきて「バックで付けてください」と言った。
私は機材の積み下ろしがし易いので「このままじゃいけませんか?」と訪ねた。特別、車の出し入れがしにくそうな駐車場には見えなかった。するとおじさん自信満々の目つきで 「バックで駐車した車が並んでいるほうが見栄えがいい。これは、上からのお達しである。」 と言う返事。別に逆らうつもりはないので、機材をおろしてからバックで駐車し直した。「んー!そういう見方もあるのか。やはりホテルだからそういったところにも気を使っているのだな」と思った。
その後、また同じ会場での撮影の仕事があり、地下駐車場に車を入れた。
前回の自信満々のおじさんに、機材をおろしてからバックで駐車する事を告げて、作業をし終わり、車を止めた。もちろんバックで。エンジンを止めて車から出ようとしたとき何やら視線を感じるではないか。ふとみると例の自信満々のおじさん。でもそのおじさんの目からあふれているはずの自信が見あたらない。「おいちゃん、どうしたと?」(わたしは九州の人間です)と聞くと、すごい弱気な口調で 「前に駐車した人に駐車券渡すのわすれた(泣)」
一所懸命なおじさん、わたしは好きです。





よろづ話 No.6  "カメラマンは無言"  かまはらやすじ・2000.4.9
ビデオカメラを肩の上、または、三脚の上に載せ、そのカメラのてっぺんに照明器具を取り付け、横っちょの方に音声収録用のマイクを付けて・・・・・結婚式のときはこうゆうスタイルで撮影します。
結婚式や披露宴の時はそのほとんどが室内なので必ずと言っていいほど照明器具を使います。会場によっては照明設備が完備されているところもたくさんありますが、主立ったところに照明があたるようにセットされていて、客席の中は自力で照明をつけることがほとんどです。よって、カメラのてっぺんのライトが点灯している時は撮影中であって、消えているときは撮影してない状態です。
カメラにマイクを付けている関係上、カメラマンが喋ると、その声が入ってしまうため基本的に無言です。その無言であカメラマンに話しかけてくるお客さんがたまにいます。特に宴たけなわになってくると、お酒の勢いも手伝って攻撃してくる人がいます。
「にーちゃん、ビール飲まんかい」「にーちゃん、酒飲まんかい」
自分が持ってきたカメラの調子が悪くなり「にーちゃん、このカメラ見ちゃらんかい」「にーちゃん、今何時?」等といろいろです。
わたしもビールとなれば是非飲みたいので、出来るだけカットしてお答えするのですが、どうしてもカット出来ない場面の場合答えることが出来ません。ましてや、ハンディースタイルで撮影をしているときなどは、右目はファインダーを覗きながら、右手はカメラを支え、左手はズームやピントや絞りを扱うので精一杯、おまけに狙いがずれてはいけないのでうなずくこともできません。かろうじて空いている左目でサインを送るしかありません。
「カットしてから答えます」と言葉で言う訳じゃなく、左目だけでそう言ったつもり、ほとんどは通じず、宴会後に「あのカメラマンの兄ちゃん、すごい無愛想やった!」と言う言葉を耳にしたとき、「ビール飲みたかったーーー!!!」と思う私でした。
お願いです、カメラマンに話しかけるときは一応、タイミングを計ってください。話しかけられることは嫌いじゃありません。





よろづ話  No.7  "トイレ"  かまはらやすじ・2000.4.17
結婚式の撮影に出かける前は、いろいろとやることがあります。
前日には、明日使用するためのビデオカメラや収録用のビデオデッキ、基本的にビデオデッキは2台もって行きます。
1台はメイン収録用、もう1台はバックアップ用、それに三脚・ドリー・ケーブル等それらを現場で運びやすくするために、キャリーカートに乗せてゴロゴロと転がして運びます。
そのような機材のチェック、当日も現場に入るともう一度それらをチェック。
結婚式の撮影は詳しい打ち合わせと言う打ち合わせは無し、リハーサル無し状態で、しかもドンデンの場合は会場設営の時間もままならない状態で始まります。それを一発撮りでやることがほとんどです。
ということはですよ、「もし撮影を失敗したら・・・?」「うぉー!」考えただけで恐ろしい。 ということはですよ、前日くらい、又は、まだ前から結構緊張するのです。人間緊張するとたいてい生理現象が起こることがよくあります。私も例外ではなく緊張します。現場でうそうそしている間にグジグジとおなかが痛くなってきたりもします。ここでやっと本題のトイレの話になるのです。
うん(?)の良いことに、結婚式は、たいていホテルなどのきれいなところが多いのです。必然的にきれいなトイレにいつも当たります。そのときだけは、結婚式撮影の仕事と、朝早くからトイレ掃除をしているおばちゃん、いや、おねーさんに感謝です。和式も洋式もキレイです。もっとすごいことにウォシュレット完備の会場もあります。私はそこで、ウォシュレットのあの独特な世界を体験してしまいました。「何とも言わせませんナー!」ちなみに我が家はふつうの洋式トイレです。
たいがい緊張は撮影前にやってくることが多いのですが、それは、披露式の途中でやってきました。媒酌人挨拶の途中、おなかがグルグルぴーぴー、「おかしいな、そんなに緊張しているとは思えないのに」との考えをつんざくようにグルグルぴーぴー。そう言えば、前日にアイスをいっぱい食べていた事を思い出した。
「原因はそれだ!」 原因が解っても状況は変わらない。 ピンチ!乾杯まであと10分はゆうにかかる。その現場はよく行く会場で、会場スタッフも司会者も慣れた顔ぶれだった。
三脚をジワっと固定して、妙な歩き方で(悟られないようにしたつもり)司会者の所へ行きミーティング。「カンパーイ!」と宴会が始まったところでカメラを置いて、ドアまで早歩き、ロビーに出てからは信じられないほどの猛スピード。事を済ませて再びカメラを肩に乗せるまで4分15秒。宴会が進んでいった。その間、出し物は無し。このみごとな連係プレーに自分で感動してしまいました。「あー、しかぶらんでよかった!」いつもとは違う汗が出ました。





よろづ話 No.8 "ガラス窓"  かまはらやすじ・2000.7.4
とある総合結婚式場で撮影の仕事も終わり、アルバイトのお兄ちゃんとロビーの喫茶店でコーヒーを飲んでくつろいで居るときだった。
披露宴を終えたどこかの親族のおじさんがふらふら歩いてきた。かなりお酒が入っているようだった。黒縁のめがねをかけたそのおじさんが私たちの居る喫茶店の中に入ってきてそのまま通過しようとしていた。んが、しかしその先は高さが4〜5メートルはありそうな強化ガラス。ほとんどが透明のためガラスの存在が分かるように子供から大人までの目線の高さくらいにシールが貼ってあってよく目立つだつようにしてありました。
そのおじさん、いきなり ドッカーン! と激突!そのまま仰向けに転がった。「あーーー!」と思ったその瞬間、おじさん立ち上がって、ドッカーン! 2度目の激突。そのときかけていた眼鏡が壊れて、こめかみのあたりをちょっと怪我したみたいで血がでてた。「おいちゃん、そこはガラス窓やけあぶないよ!だいじょうぶかいな?」と言った私を振り払って、 ドッカーン! 3回目。私はそのおじさんの親戚の人を呼びに行きました。
お酒が入っているとはいえ、痛そうでした。





よろづ話 No.9 "カンコーヒー"  かまはらやすじ・2000.7.4
あれは冬の寒い日のことでした。
車で1時間30分位の距離の現場に結婚式を撮影しに行きました。アルバイトのお兄ちゃんと二人で出かけたのでした。車の燃料メーターが ちょっとやばいかな といったところを指していた。「往きはよいよい、帰りにガソリンスタンドによれば・・・」と話しながら、現場に到着。いつものように結婚式の撮影はバタバタ大運動会状態で、終わった頃には放心状態。
日も暮れて「さ、帰ろうか」機材を積み込み車を出した。撮影の後は頭がボーッとしているのでほとんど安全運転過ぎて、後ろの人に迷惑をかけるくらい。アルバイトのお兄ちゃんと話をしながら国道を走っていた。「ちょっと海を見ながら帰ろうか?」と言って国道から裏道には行って行った。その道は結構長く田んぼの中を通り過ぎる道だった。その途中で車が スポッ!スポッ!スポッ!スポッ!スポッ! 何回いったかは忘れたけど、「あっ!燃料入れるの忘れた!」時すでに遅し、いわゆる "After Festival" となってしまった。
エンジンがかからない冬の車の中はさぶいですよ。
携帯電話のケの字も無い時代、せいぜいポケベルを持っている程度、外は冬の雨。とりあえず公衆電話を探しに行ったが、近くには無く、15分程走ってやっと見つけてJAFに電話した。電話の向こうより2時間ほどかかると言われ、「よろしくお願いします」としか言いようがなく車に戻る途中目に入った自動販売機。「よし、暖かいコーヒーでも買おう」と喜んで、財布をとりだし ゲーッ! 100円玉が二枚しかない。後は1000円札。今では自動販売機1000円札当たり前。でもそのころは1000円札OK自動販売機はあまりなかった。とりあえず、2本は買える。(カンコーヒーは100円の時代)お金を入れて、ボタンを押した。1本ずつ取り出せば良かったのに、2本とも買った後でアルバイトのお兄ちゃんが取り口に手を入れたとたんに「あ―――っ!冷たい!!」そうです、ボタンを間違えたのです。
雨の中車へ戻り、冷えたカンコーヒーを少しでも暖めようと自分の体温を使う2人でした。
「JAF、早くきてくれ―――!」
冬の夜は更けてゆくのでした。





よろづ話 No.10 "自動車整備工場"  かまはらやすじ 2001.2.9
撮影現場に出かけるのに車は絶対かかせない。
一人ですべての機材を一度に持つのは不可能であります。ましてや、バスや電車での移動は難しい。よって車のトラブルは絶対にない方がいいに決まっている。しかし、絶対にないわけはない。せめて、時間に追われているときは遭遇したくないものだ。
ライトハウスの仕事車の車検や点検、壊れたときの修理等をお願いしている自動車整備工場がある。こちらには大変お世話になっている。すべてを把握しているわけではないのだが、私が感じた事を述べてみたいと思う。

社長
見るからに社長には見えない社長である。日頃、存在感があまりない。しかし、決めるところは決めるようだ。
社長業とはそれでいいのだと私は思う。ライトハウスも個人経営ではあるが、社長が1人、部長1人、課長1人、係長1人、平社員1人、アルバイト1人、技術者1人、営業1人と、足して行けば多いのだが、これが足せない。全部1人でやっているので、孤独である。それに比べると(比べる方がおかしいと思うが)そこにはいっぱい人がいる。ちゃんと数えたわけではないが、両手の指の数くらいは居るみたいだ。これは絶対にすごいことだと思う。私には出来ない。だから、それが出来る社長はすごいと思う。

社長夫人
車検か修理の時位にしか会うことはないが、明るくて気さくな人のうだ。車検が近づくと電話で知らせてくれる。
んが、今回の車検ではどうも忘れられていたらしい。危うく、期限切れになりそうになった。「あーあ、もう忘れられたかいな。」とやや落ち込んだ。しかし私は悩みが続かい人間なのですぐ復活。
ちなみに、喋り出すと止まらない人のようである。

従業員S氏
ライトハウス号の点検整備を全部やってくれる人。細かいところまでしっかりと見てくれる頼もしい存在である。かなり読みが深く、先のことを想定してアドバイスしてくれる。 “石橋をたたき壊して泳いでわたる” タイプのようだ。ちなみに、奥様は歌が旨くてきれいな人らしい。一度会ってみたい。

その他の皆さん
ごめんなさい、あまりまじまじと観察してません。優しそうなお兄さんやきっと優しいのだけれど、表面が怖そうなお兄さんとまだたくさんおられます。
今後の課題である。


あれから17年と4ヶ月が過ぎました。





よろづ話 No.101 "ずいぶんと飛びました!!!!"  かまはらやすじ 2018.6.30
ずいぶんと飛びましたねぇ。
前回が2001年の2月9日だったので、かれこれ17年ぶり?  感覚的には 「アッ!」 というまです。
この17年余りの間に環境もずいぶん変わりました。
何と言っても、デジタルが台頭してきたこと。この事は ライトハウスにとってもイライラしたことも思い出します。
大きく分けて、撮影機材・編集機材・PA機材・録音機材等、全てにおいて変化していきました。
話せば結構ながぁ〜くなりますばい。

撮像管(真空管)式のビデオカメラとVHSテープで撮影をやっていたライトハウスにとってデジタルビデオは全く別世界のものでした。なんせ個人事業である為、そうやすやすと機材購入には至りませんでした。とりあえず記録用フォーマットをVHSテープからデジタルテープに変更しただけで、クオリティが変わりました。撮影はそれでやっても、編集をどうするかというところでストップ。これまでは、1/2インチや 3/4インチのビデオテープで編集をやっていたので、デジタルテープに記録したものを一旦アナログテープへコピーして編集をやるしか方法はありませんでした。ただ、アナログの弱点、コピーするたびにクオリティが下がる宿命には逆らえませんでした。            To Be Continued.





よろづ話 No.102 "ずいぶんと飛びました!!!-2!"  かまはらやすじ 2018.7.9
撮影はそれでやっても、編集はアナログカメラとデジタルテープ、実際にはDVテープを使って撮影をやるのだけど、ポータブルDVデッキにはミニDVテープを使用し、撮像管式のデカいカメラとカメラケーブルで接続し使用してみるとこれが非常に使い辛い。止む無く、ハンディータイプのCCDカメラを中古で購入した。カメラの背中にポータブルDVデッキを無理矢理取り付け、カメラのアナログ出力端子から映像とトリガーを抜き出しポータブルDVデッキに接続、音声はカメラに外部マイクを取り付けているので、それを一旦小型の3チャンネルミキサーに接続し、必要に応じて他のマイクやラインとミキシング出来る様にした上で、ポータブルDVデッキのライン入力に接続して使うようにセッティング。  もちろん小型ミキサーもカメラの右側面にベルトで固定。見た目はかなりゴツゴツしたものになってしまった。それでしばらく使っているうちに、音声の別ラインでワイヤレスが必要になり、小型のワイヤレスレシーバー(当時のものは小型といってもカメラに取り付けるには大きくて重い)をカメラの後ろ上部にこれまた無理矢理取り付け、その音声ラインを小型ミキサーに接続。さらに、室内ではライトも使うので、カメラの頭にセット。結局、撮像管式よりは小型で軽いはずのCCDカメラが、7〜8kgになってしまった。撮像管式カメラよりちょっとだけ軽い。

唯一進化した点は、VHSのポータブル又は3/4インチのポータブルを使うときは、撮像管カメラとポータブルデッキを20m〜25mのカメラケーブルで繋いで、ポータブルデッキはコンセントの近くに固定して、カメラケーブル分の長さのACケーブルをカメラケーブルにくっつけて這わせ、カメラに電気をおくり使用していたのが、カメラケーブル無しのスタイルになったことだった。ただし、AC電源を使わないかわりに、バッテリーが多数必要になったが、これがまた重いのだ。いつになったら軽くなるのかと気が重いまま、撮影をやっていたのだ。            To Be Continued.